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文龍明の性格
[10]もーぜす:2003/09/30(火) 22:42:15:00
Subject: Re: (No Subject)
>イエス様が私の肉を食べて、また私の血を飲まなければあなたがたは救われないというようなことを言われた時に多くの弟子たちがその言葉にびっくりして離れた。という話が聖書の中にあります。
ヨハネ福音書の6章ですか。私が最初に聖書を読んだ時、イエスの死体が墓から消えたのは、イエスが復活したからではなく、この言葉を真に受けたイエスの弟子たちがイエスの死体を食べてしまったからだと思いました。それを隠蔽するために、弟子たちは復活したイエスに会ったという話を捏造したのだろうと。墓の入り口は非常に大きな石でふさがれていて、たとえイエスが蘇生したとしても、ひとりでは開けられなかったと推測されること。イエスの弟子には双子の弟のトマスがいましたから、マリアを騙すくらいはできたであろうと推測できること。キリスト教徒は一笑にふすかもしれませんが、非信者が素直に読むとこの推理は容易に成り立つような気がします。まぁ、この推理が妥当か否かを争うつもりはまったくありません。要するに同じということです。血分け儀式が実際にあったと推測するのと。
>文字どうりにイエス様が言われたことを信じればまるで人食い人種になってしまいます。その当時はキリスト教も、人を供え物にしてその肉や血を飲むグループだとか言われて迫害を受けていました。
ローマ時代、キリスト教徒が迫害を受けた理由のひとつは間違いなくこうした風評ですよね。しかも、当時のキリスト教徒はカタコンベに隠れていましたから、この風評は容易にローマ市民の信ずるところとなったのでしょう。
初期の統一教会には文鮮明氏を慕って夜中まで多くの女性が出入りしてたそうですし、堕落論を聴いた既婚の女性信者は夫との性関係を拒否したそうですから、教祖が女性たちと性関係を持っているとの風評は容易に信じられたでしょう。
この二つの例は、教義的根拠に環境が加わって風評をさらに真実味のあるものにしたという点で、非常に似ていますよね。
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