1- レス

「天罰」を語り合おう


[2]統一原理:2006/08/14(月) 17:24:40 ID:skxVT7nQ0
 いうまでもなく、天罰一般というものがあるわけではないし、幸不幸の体
験や、倫理的善悪の価値観に関わる物事が「天罰」でもありません。
 幾度かの生まれ変わり(生きている間や死んだ後)の経験により、個を超
えた全人格性を獲得していくのが、人の一生といえます。
ですから、人がもっとも拘る事象が、当人にとっての「天罰」に相当してし
まう事態が多いわけです。
生きていくことが「それ自体、それ自体の回避」の業の過程になってしまう
のです。
人は人生で、初めからあって気が付かなかっただけなのですが、キリストが
語った「終わりの日にはすべてのことがあからさまになる」という、明るい
光に照らされて、すべてのことが表層に競り上がってくる昼中夢を体験する
わけです。
それは、マルクスが発見した歴史法則「一度目は悲劇、二度目は喜劇」の過
程でもあります。
人は、一個人の体験としても、初めは現実の出来事、次は心の問題として
同じ体験を二度するわけです。
藤原氏がもっとも拘わったのは、世代を超えた我が血統の存続です。
そこから藤原氏の「天罰」を考えてみることが出来ます。
藤原一族の身体を輝かしている光を証したいと思います。

 輝ける身体の参考リンク
 ベラスケス『侍女たち』
http://members.at.infoseek.co.jp/serpent_owl/arch-pic/velazquez.htm


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