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神の証しをしよう
[10]統一原理:2007/03/01(木) 15:03:32 ID:0WLIKc020
胎児にとって、胎中期・産道期の出口なし体験は、それこそ生死に関わる
出来事であり、思い出すのは苦痛の、その記憶は潜在意識に落とされている
ものです。
では何故、人間の出生にそのような過程が存在し、どうしてそれが神の恵み
といえるのでしょうか。
それを知る鍵は、遠周りにはなりますがやはり朝鮮民族により与えられます
朝鮮民族との関わりの中で、神を信じるにいたったという人は多いと聞きま
す。
朝鮮民族自身も「我が民族の恒久の歴史こそ神の正義の証し」と豪語してい
ます。
僕も、韓国の方々との触れ合いでは、神と神の摂理を感ずることが多かった
です。
僕がもっともよく見聞きしたのは「あと一歩のところで、何処からともなく
眉間にきまるスコーン・スコーンのどつき」です。
これは、意識的行為としては「ぎりぎり引き付け直前ストーン落とし」と呼
ばれ有名ですね。
僕も、スコーン・スコーンの神の手に、韓国の方が泣かされる姿に幾度も遭
遇しました。
これらは、いわば現世においての、朝鮮の方の「笑顔で近ずき、仲違いさ
せ双方の利を得る」というヌエ体質の、とうげん(業の刈り取り)ですね。
そんな、現世は業の刈り取りでしかないことが多い韓国の方々にとっても、
胎中期はやはり神の恵みであるのです。
続く
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